自分の体験したことを時間が経ってからまとまって書く、というのは難しいものですね…。自叙伝なんてものはまず自分には書けないだろうな、などと不遜なことを考えつつ書いた5回目です。
自分の体験したことを時間が経ってからまとまって書く、というのは難しいものですね…。自叙伝なんてものはまず自分には書けないだろうな、などと不遜なことを考えつつ書いた5回目です。
先週水曜日に書いたように医薬品業界におけるオープンソース的動きがある一方、大手の製薬会社というものは、社内R&Dだけで新薬開発を行うばかりでなく、けっこうバイオベンチャーとの提携を活用しているものである。
前回の最後で紹介した、AlwaysOnに掲載のバイオ向けベンチャーキャピタリストJohn Freundとのインタビュー"The Sweet Spot"中の、以下の一節においては「製薬業界におけるイノベーションは(大手製薬会社でなく)バイオベンチャーが担当している」という旨の発言がなされている。
So you have these pharmaceutical companies—maybe 20 sizable ones and 20 smaller ones -- spending huge amounts of money on research. Then you have approximately 1,500 biotech companies spending in aggregate much less than the pharmaceutical companies. Their productivity is way higher. They don't necessarily produce the big blockbuster drugs, you know, the $5 billion drugs that the pharmaceutical companies do. But after 20 years of the best and brightest scientists getting funded through thick and thin by venture people and then by the IPO and public markets, more innovation is happening in the biotech companies. And that's why last year you had more drugs approved from biotech than from pharma.
ここでは、全世界で40社ほどある旧来の「製薬会社」が莫大な研究開発資金を投入して生み出す新薬よりも、世界中にある1,500件のバイオテクノロジーベンチャーが生み出す新薬の方が多い、としている。しかも、全てのベンチャー企業が使った資金を合計しても、製薬会社の研究開発資金の合計より少ない金額なのであって、それゆえバイオベンチャーを通じた生産性の方が高い、とまで言っている。
こう書かれてしまうと、世の中にバイオベンチャーのみあれば良いのか、というと、そうとは言えない。バイオベンチャーには新薬の研究開発の初期段階まではまかなえても、お医者が患者に処方できる「クスリ」として売り出すところまでは単独でまかなえないのである。大規模な臨床試験を行い、新薬としての効果を証明し、当局の認可を取り付けるプロセス、そして認可後に大勢の医師に新薬を売り込むマーケティングにかかる資金は膨大なものであり、単一のバイオベンチャーが調達できる資金ぐらいではまかないきれるものではないのである。
このインタビューでも、上の発言のすぐ後に、以下の発言がある。
So the big headline is that increasingly the big pharmaceutical companies are becoming finance and distribution organizations. They are going to finance drugs; they are great at putting them through clinical trials and they have huge sales forces to market them. But in terms of drug discovery, they're all in trouble.
最後はまた大手製薬会社の研究開発能力をくさしてはいるが、"They are going to finance drugs; they are great at putting them through clinical trials and they have huge sales forces to market them. "というくだりで、臨床試験を成功させ、完成した薬を売り込む能力が大手にはある、と認めているのである。
そういうわけで、バイオベンチャーの多くは、研究開発をある程度までやったところで、大手製薬会社と提携する、という途を選ぶのである。一口に「提携」と言っても、自社の発見した新薬候補を大手に売却あるいはライセンシングし、あとはお任せ、といったものから、臨床試験から認可までにかかるコスト、認可後のマーケティングコストを一部負担しつつ共同開発を行い、販売後は売上を折半、などというものまで、様々な「ディール」の形態が存在する。バイオベンチャーの経営において、こうした大手との提携交渉は非常に重要であり、こうした「ディール」担当(Business Developmentというタイトルであることが多いが)に優秀な人がいるかいないかで会社の成否が決まる、といっても過言では無い。
また、大手製薬会社の方にも、こうしたバイオベンチャーとの提携交渉を担当している部門があり、前回書いたような数々の新薬候補案件のふるい落としを行う「ポートフォリオ・マネジメント」の場においては、社内R&D部門が持ち込む案件と、バイオベンチャーとの提携による案件が比較されることは日常茶飯事である。そこで「社内案件を優先」というポリシーを適用している企業もないわけではないが、多くの企業は、前回紹介した製薬業界におけるビジネスの論理式:
医薬品の期待値 = p(R&D) x p(Trial) x p(Reg) x e(CF) - e(R&D_Cost)
を適用し、経済計算に基づいた非情な判断がなされている。通常バイオベンチャーからの持ち込み案件の場合は、p(R&D)は既に立証済みであるので確率は1となり、ライセンシング料(これはe(CF)にコスト項目として含まれる)を差し引いてもその確率の高さ故に他の社内案件に比べても十分魅力的なものとなる場合が多い。また、共同開発・売上分配、というディールの場合は、p(R&D) x p(Trial) x p(Reg)、すなわち技術的成功確率が高まると期待でき、e(R&D_Cost)も少なくなるため、e(CF)が分配によって下がっても、期待値としてはとても魅力的なものとなる可能性もある。そうした「外部からの」案件、社内から上がってきた案件をリスク・リターンを考慮しつつ上手に組み合わせ、パイプラインを充実させていくのである。
このように、大手製薬会社にとってはバイオベンチャーという「外部の研究所」の活用が不可避であるが、前述したようにバイオベンチャーにとっても、大手製薬会社との提携が不可避のものである。そう考えれば、1,500社(という数字がどこから出てきているかは不明だが)のバイオベンチャーと、大手製薬会社が走らせている沢山の新薬開発プロジェクトというのは、初期開発がどこで行われるかが違う、という程度の違いしか無い。
大手は社内でいくつも、それぞれがベンチャー企業のような位置づけである新薬開発プロジェクトを走らせ、また外部からの案件を取り込み、ポートフォリオを構築する事により、ほとんどのプロジェクトが潰れても残りの少数の新薬候補年商数十億ドルの、いわゆる「ブロックバスタードラッグ」になれば元はとれる、という発想で動いているのである。それに対し、ベンチャーの場合、大手のように薬のネタが何十個はおろか、何個もパイプラインにある、ということはまれであり、たいていは一つの新薬候補だけを研究開発している。「一つ」しかやっていなければ、それがコケれば会社も潰れてしまう。(この「1,500社」を総体として、まるで一つの研究所のようにみなした場合、そこから生まれる新薬の数が多いのである。バイオベンチャーの「生産性が高い」という場合、こうした状況が背景にあることを忘れてはならない)従って、ベンチャー企業にとっても、自社の持つ新薬候補を大手の「売り込む」ことは、サバイバル上不可欠なのである。
こういう状況を見ると、医薬品業界では「オープン・イノベーション」がこうした大手製薬会社とバイオベンチャーの間に存在する相互依存の関係に基づき、IT業界以上にビジネス慣行として定着しているばかりか、業界としての価値創造過程の根本に組み込まれている、と言っても良いのかもしれない。
と、前回からはだいぶ時間が空き、「オープンソース」からはだいぶ話がそれもしたが、前回、そして今回展開したような話はいつか書いてみようと思っていたので、Economistの記事はいいきっかけになった次第である。
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