寝ているにもかかわらず、「夢だよなこれ」と意識を持ちながらものすごくリアルな夢を見、さらには夢の中の出来事の変更までしてしまう、という体験をしたことはありませんか?
ひょっとして自分がいま現実として認識していること、過去の記憶の全てが、子供の自分が見ている「大人になった夢」なのではないか、という思いにとらわれた事はありませんか?
私はどちらも経験しています。
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クリストファー=ノーラン監督、レオナルド=ディカプリオ(以下「デカプリオ君」)主演の「インセプション」を先週末に見てきました。端的に申し上げれば久しぶりに見ている時に頭を使わさせてくれる、また2時間半を超える長尺にも関わらず、その長さを感じない、再鑑賞したくなる映画です。ひょっとしてキューブリックがフィリップ=K=ディック原作で映画を撮ったらこうなったかもしれません。
ストーリーの基本的なフォーマットは昔からある"heist(泥棒)"もの、それも非常に困難な状況の下で盗みを行う映画、あるいはプロフェッショナル集団が特に困難な工作を行う「任務」に挑戦し、厳しいタイムリミットと次々におこる想定外の状態に臨機応変に取り組んで行く、というよくあるといえばよくあるパターンで、「オーシャンズ・イレブン」や「ミッション・インポッシブル」、はたまた「ルパン三世」のような話ですが、この「インセプション」のオリジナルなところは、その「盗み・工作任務」の対象が人の記憶や意識である、という点です。
もう少し具体的に書けば、人の夢に「侵入」、正確には侵入対象が「寝た」無意識の状態で見ている夢を、夢であることを自覚した状態で共有し、侵入対象が秘密として心に抱え持つ情報やら意思を探り出す「記憶泥棒」のプロ集団である主人公デカプリオ君とその仲間が「盗み出す(extraction)」こととは正反対である「意識を植え付け、自分で考えついたものだと思い込ませる(inception=インセプション(発端))」という困難な任務に侵入対象の深層心理にかけられた防御機構やら主人公自身の過去の精神的トラウマに起因する無意識下の「自己妨害」に阻まれたり不測の事態を起こされながら挑戦する、というのが大きなストーリーの流れです。
と書いてしまうとネタバレっぽいのですが、この映画はこうしたストーリーと、それに伴うハラハラドキドキを楽しむのは実は2の次で、最大の面白さは侵入対象の意識の奥にある、ガードの厳しい、しかも対象本人が気づいていない要素によってさらに封じ込められたりもする奥底に入り込むために用いられる「夢の中で夢を見る」というテクニック(他に言いようがないです)の仕掛けにあります。さらに言えば、この仕掛けがどう作られ、またそれぞれの夢の階層の間の因果関係(一つ上のレベルで見ている夢で起きる事が次のレベルにどう反映されるか、等々)がどうなっているかを、矢継ぎ早に急展開するストーリーを追いかけながら理解するその過程を楽しむ、あるいは観た仲間同士でああでもないこうでもないと話し合うことの楽しさを実感させてくれる、そんな作品です。冒頭に「繰り返し観たくなる」と書きましたが、一応作品世界の説明と話は完結しているので一度観れば「わかる」はずです。ただ、2階目以降に観る時は作品世界、特に複数の夢の階層の間の関係がセリフ、そしてきわめて説得力のある映像(見た目ほどCGを使わずに作ったというのは驚きですが)でどう表現されているかを確認する、そしておそらくできるであろう新たな発見や解釈を楽しむことができる、ということです。キューブリック映画との類似点はそういうところにあると思います。
人間の頭の中だけで展開するリアルな世界体験、という点では「マトリックス」とも共通するところがあると思いますが、「マトリックス」が第三者(世界の支配者である人工知能)が作り出した仮想現実の中に、その事実と、仮想現実を規定する様々なルール(プログラム)を知るものがそれを「壊しにかかる」「ハッキング」の作品であるとすれば、「インセプション」は主人公たちにもコントロールできないより強い制約と、外部(=一つ上の夢の階層)からの不確実性に左右される「夢世界」の中で、いかにターゲットの心理を「操作」するか、という「ソーシャルエンジニアリング」あるいは「フィッシング(phishing)」の作品であると言っても良いかもしれません。
と、小難しげなことを小賢しげに語ってしまいましたが、この映画は「アクションもの、サスペンスもの」としても優れた出来です。この類いのフィクション作品を面白くするのは、任務の遂行過程で降り掛かってくる苦難を、プロ集団の個性豊かなメンバーがそれぞれの特殊技能を用いて、時にはぶつかりながらもクリエイティブに解決して行く、というがまずありますが、その点でも非常に配役の良さが生かされ、大変満足の行くものでした。
まずはデカプリオ君。どうも近年は「根はいい人だがいろいろあって、何かを引きずりながら後ろ暗い稼業についている」という汚れ役が多いようですが、本作でもまさにそういう役割で、リーダーでありながら実は足を引っ張ってしまうゆえフラストレーションの固まりになる、というややこしいキャラを身なりもどことなく薄汚れた状態で「はまって」演じています。
このデカプリオ君につくチームの面々がこれまた魅力溢れるキャラクター設定と配役なのですが、特に私のツボにはまったのがチームの「副指揮官」に相当するアーサー君。演じるジョセフ・ゴードン=レヴィットは最近観た「500日のサマー」という実にひねくれたラブコメでちと無機質っぽくも愛すべきキャラクターを演じていたのですが、ここではデカプリオ君の「薄汚さ」と好対照をなす小奇麗かつクールな容姿・ファッションと沈着冷静な行動でトラブルを淡々と処理して行く「頼りになる相棒」の役所です。必ずしも同じではないですが、「ルパン三世」における石川五エ衛門や的な立ち位置でしょうか。こういう相棒欲しいですね。
これまたチームの一員で、ターゲットに見せる夢世界の「舞台装置」を作る役割、そしてデカプリオ君のトラウマを知り、なんとかして克服させようとするアリアドネを演じる「ジュノ」のエレン=ペイジも、確かに上手に演技してましたが、どうしても「ジュノ」での生意気少女キャラとかぶってしまうのが難点でした。もうちょっと暗い知的姉さんタイプの女優さんのほうが良かったかも。
他のチームメンバーの役者さんはさほど詳しくないですがこうしたチームにはつきものの「騙し屋」と「薬屋」の方々もいかにもそれっぽく、またそれぞれの「お約束」的役割を確信犯的に逸脱したようなシーンもあり、良かったです。
そしてデカプリオ君のトラウマと密接に絡む…というか亡くなった奥さん役の女優さん、何年か前にエディット=ピアフを演じてアカデミー主演女優賞を取っていますが(未見…見ないと)、「悲しき魔性の女」と言わせて頂きましょう。ちょっとジュリエット=ビノシュとかぶるかも。
他の配役では相変わらず老賢人役が似合いすぎるマイケル=ケイン(おお、アルフレッド!)と、デカプリオ君の依頼主を演じる「ケン=ワラナビ(笑)」も好い味を出してましたが、「インセプション」の対象となるターゲットを演じたキリアン=マーフィ(ノーラン監督の「バットマン」世界におけるスケアクロウ役)が結構存在感があったと思います。
なお、この「インセプション」、そのややこしさ故に「ガイド・参考書」みたいな解説サイトがあちこちに立っておりますが、中でもすごいのがこちらの「夢の階層世界の関係を図解で説明」しているこちらと、ストーリーの全てを背後の仕掛けや理屈を事細かに解説したこちら、の二つです(どちらも英語)。一応挙げてはおきますが、この映画を楽しもうと思ったら決して先に読まないでください。
久々の長文となりましたが、これだけのめりこんで感想を書こうという気になったのは、自分が妙にリアルな夢を見ることが多く(観賞後、さらにその傾向が強まった+夢見が悪くなったような気がします)。また冒頭に書いたような体験をしているため、この映画の世界に強くアイデンティファイしたからだと思います。監督クリストファー=ノーランも、同じような出発点からこの映画を企画構想しているようなので、そりゃあはまりますよね…。
ちなみに冒頭の写真は自分の手持ちの中からイメージに合うものを選びました。直接本作とは関係ありません。
さて最後に一言。
「夢オチ」という言葉の意味、考え直さないとね。
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