今日はStanford Graduate School of Businessで毎年開催されているConference on Entrepreneurshipに行って来た。参加するのはこれで3回目だが、このカンファレンス、いつも何がしかのテーマに基づいた副題がついている。今年は"Taking on the Challenge"。一昨年(2003)がバブル後の新規蒔き直し的ムードをうかがわせる"Back to Basics"(基本に帰ろう)、昨年(2004)が「しばらくは急成長もなさそうなだな」というムードのうかがえる"Building for the Long Run"(長期的発展を目指して)と何だかその時々の環境を反映したようなものであったが、今年は「起業はチャレンジングだが、頑張って取り組もう」とまたさらに一歩引いたようなものになっているように思えるのは気のせいだろうか。良く言えば、起業というものは市場環境に左右される事無く本質的にチャレンジングなものだ、という事を再確認しているということになるのだろうが…ひょっとして単に良いフレーズが思いつかなかっただけかも?
このカンファレンス、毎年朝一番の基調講演に結構な大物が来て面白い話を聞かせてくれる。一昨年のNetscape創業者Marc Andreessenの講演内容はこちら、昨年のGoogle CEO Eric Schmidtのものはこちら、とこれまでもネタにさせていただいているが、今年はAmazon創業者のJeff Bezos。「起業家精神」というよりは「どうイノベーションを起こすか」という軸に沿っての話であり、ネット業界がどうなるか、的話は殆どなかった。
大きく言えばイノベーションとは「技術をどう生み出し、どうその使い道を考える」ではなく「人がその不便さに気づいていない身近な問題をどう解決するか」という考えから産まれるものであり、技術は問題解決の手段である、というBezosの発想の伝わってくる講演であった。
講演の過程で出て来たキーフレーズ、そしてそれに対する自分の理解を列挙すれば:
"Reject either/or thinking"
アマゾンはウェブそしてデータの力を最大限に活用する事により「低価格と優れたサービスは両立しない」というリテールの「常識」を打ち破ったわけだが、「両立しないからどっちかを取る」という発想でなく、「どっちもできるためにはどうすれば良いか」を考えよ、ということである。アマゾンの場合、人のコストを押し下げるべく、カスタマーサービスの自動化と利便性向上をひたすら(マニアックなまでに)追求した、ということか。
"Maximize experimentation"
少人数のチームがその限られた権限・資源でできるような細かな実験を数多く繰り返し、その効果を具体的に測定しながら良いものは残し、ダメなものはすぐやめるという漸進的な製品・サービス開発こそがアマゾンにおけるイノベーションの鍵である、ということ。それは、組織がそういう文化を持っているかどうかという事以上に、新しい機能をすぐリリースできるウェブベースのサービスの利点(何かを付け加える際の限界的固定費がゼロに近い)と、効果の有無を統計的に検証できるような大量の取引と、それに関わるデータを有しているからである。
この「細かい実験を沢山行ってはリアルデータで検証する」という発想は以前こちらで書いたCapital Oneともかなり通じる発想だと思う。「実験文化」というのは"do a lot of things and keep what works"と、「ビジョナリー・カンパニー」でも要件として上がっていたが、アマゾン(そしてCapital One)の場合、「ビジネスの情報化」をとことん押し進めているため、実験の数を多くできると共に、効果の検証期間を極めて短くできるのである。きっとGoogleもそうなのであろう。
ここで大事なのはこれらの「実験」が全て同じインフラ・プラットフォームの上にあり、それゆえ固定費の微増で済んでいることである。固定費が瞬間的に増加し、ダメならまたすぐに元に戻ることが可能であるからこそ現場の小チームに「実験」の権限を自由に与え、奨励することができるのである。
"Obsess about the customer"+"Stay heads down"
客の為にベストなことかを常に考え、競合企業が何をしているかには注意を払っても、自分のやっていることが正しいと思うのであればそれにひきずられるな、マスコミの報道に迷わされるな、ということ。これは決して意固地になれ、ということではない。イノベーターは人と違う事を行っているからこそイノベーションを起こせるのであり、人と違っている事をやれば外野の雑音は大きくなるのは当たり前のことだが、顧客に良いものを提供できるという自信があるのならば外野の声には惑わされることなく自分の立てた戦略を追求せよ、ということ。確かに、アマゾンのこれまでの歴史は「本がネットで売れるわけない」「本は本屋にかなわない」「品揃えを増やし過ぎている」「送料無料なんて儲かる訳が無い」などといった外野の声との徹底的な戦いである。
"Think about what is NOT going to change"+"Look for what's changed"
イノベーション、というと「これから何がどう変わるので、それにどう乗るか」という発想をしがちだが、そうではなく「ユーザーにとってこれから何年経っても変わらない価値は何で、それをより良い形で提供するための新しい手段をどう提供しつづけていくか」と考えるべきである、ということ。その上で、周囲で「変わってしまった」ことを理解し、それを自分の目的(普遍的価値の新たな提供方法)にどう役立てるかを考えよ、ということである。例として、データ保存コスト(ディスクのコスト)の急低下により、本をまるまる一冊スキャンして保存し、ユーザーに本のどの箇所でも内容を検索することを可能にした、というものを上げていた。これも、「技術は顧客満足の手段」という発想の現れであると思う。
ということになる。
こうした話をしたあとで、アマゾンの新サービス(電話帳の検索と地図の表示に、検索された店舗などの周辺の路上風景を画像として付け加えたもの)のデモや、その開発裏話(首都ワシントンで映像を撮影していた従業員が不審尋問された)を紹介し、「このサービスだって、『何が変わったか』を生かしている」と感心させてくれた。
また、最後の質疑応答で「起業を志す者に、キャリアのアドバイスはありませんか?」と聞いた(たぶん)現役学生に対し「なるべく若いうちに、ベストプラクティスを持つ職場、働く者に高い行動基準を求める職場にまず入れ」と答えていた。そうした職場の優れたやり方/優れた人から学ぶと共に、「適当」で妥協せず常に「より高いもの」を求める姿勢を身につけよ、というのがその意味であった。
ところでBezos、「アマゾン」という社名に決まるまで、"Cadabra"(「カダブラ」、「アブラカダブラ」という呪文より)という名前を使っていたそうであるが、この社名を電話で弁護士に言ったところ"cadaver?"(カダヴァ、「死体」)と聞き返され「こりゃダメだ」と思い、社名変更を決意したそうである。この話は大ウケであった。
このコンファレンスでは、この他にもPalm/Handspringの創業者Donna Dubinskyの昼休み講演を聞き、そして3つパネルディスカッションを聞いた。(自分の同級生がパネリストを勤めるものもあって、みんな出世したなあ、という感じであった)Dubinskyの話は別途紹介したい。
cadavarの意味、すぐに教えてくださって、ありがとうございました。おかげさまで、笑いに乗り遅れることもなく笑えました(^^;
Posted by: yoshinoriueda | February 13, 2005 at 11:39 PM
"Cadavar"は綴り間違いでした(スペルチェック機能もあるというのに…)。正しくは"cadaver"です。
Posted by: Naotake | February 14, 2005 at 02:36 PM